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<ニキズキッチン>は東京、大阪、神奈川、埼玉、千葉に住む外国人の家で習う料理教室です。温かい心のこもった世界各国のホスピタリティをご体験ください。
ライター:ニキ

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ポルトガルのマルタさんと ペルーのソフィアさんの東日本大震災

こんにちはペルーから来たソフィアです。

横浜に住んでいます。

ちょうど車にエンジンをかけた時、地震が起きました。

車をすぐに安全な場所に移し そこでじっとしていました。

それから2週間の間、誇張された(注:ソフィアは日本語がわからないため、海外の英語とスペイン語の

ニュースを視聴しています)海外から配信される原発のニュースを聞いて一喜一憂をしていました。



今のこの時も、日本の皆さんにとっては 決して心地の良い時間ではないと思います。

けれどこういった時を経験することは、かならずや民族を強くすると思います。

たとえば国民と政府。お互いに噛みつきあうことがあるかもしれません。

しかしそうすることにより、様々なものが互いに向上していくでしょう。


わたしはこの国の文化、人々、食べ物全てが大好きです。

わたしは大好きな日本にこれからも住み続けたいと思います。


-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


こんにちは、ポルトガルから来たマルタです。

わたしは目黒区に住んでいます。


震災のあったとき、わたしは有楽町にあるビルの地下にいました。

揺れがはじまると、人々は地上にあがっていたため

わたしもそれについて地上に上がりました。

さまざまなものが歪んで見え、それは地震の大きさを物語っていました。

まるで段差で車が跳ね上がるように、地震の時も車が跳ね上がるところを目撃しました。



外に出ると多くの人は、立ち上がらずに座り込みました。

その時間は実に長く30分ほど、人々は呆然としていました。



わたしはその場にいた、唯一の外国人でした。

しかし多くの人が心配をして話しかけてくれました。

たとえば60歳前後の初老の紳士は立ち去る前に、本当に大丈夫か何度も確認をしてくれました。

私が夫に電話をすると、電車が止まっているので 歩いて帰るようにと指示をされました。

そこから目黒まで私は歩いて帰りました。


地震のあった日、ほかの皆さんと同じように私もあまり眠れませんでした。

とても疲れ、そしてテレビにうつし出されるニュースを見て悲しくなりました。

そして土曜日、原発のニュースを知ると、すぐに夫に頼み、私は大阪に避難をしました。

彼は私が東京の家を離れるのはのぞんでいませんでした。

そのため、いったん週が明けて月曜日に東京に戻りましたが、夫と話

香港に避難をしました。

夫の会社は香港にも支社があるため、夫はそこで仕事をしました。

そして、震災から1週間後、夫の仕事の関係でわたしたちは東京にもどることになりました。



日本は回復するまで時間がかかるとおもいますが、それは日本が後退することではなく

日本を強くする過程の時間だと思っています。


わたしはパンやケーキを焼き、それを友人やクラスの人に

受け取っていただいて、その値段をすべて義援金する仕組みを今は取り組んでいます。

興味がある方は連絡をください。たとえば誕生日ケーキでも。朝食のパンでも 

被災者の方の支援のために焼き上げます。


7.8月は恒例の夏休みのためクラスは休みますが できれば6月は

通常通りクラスをおこないたいとおもっています。


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